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[漫画] 惡の華 最終話 感想


別冊 少年マガジン 2014年 06月号 [雑誌]別冊 少年マガジン 2014年 06月号 [雑誌]
(2014/05/09)
不明

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 惡の華 最終話 感想は追記へ。ネタバレ注意です。


前 → 惡の華56話 感想


ネタバレ注意


惡の華 最終話「われらが心を占めるのは」

akul001.jpg

グチャグチャ、どろどろ、歪んだ声色。彼女の周りは、いつだってそうだった。


 惡の華1話「惡の華」で描かれた風景は仲村さんの視点ではどのように見えたのか。春日や佐伯さん、木下、山田でさえも彼女にとっては有象無象に映る。

 仲村さんワードとして『変態』と『クソムシ』があった。この対となる言葉は彼女が人間を2つに区分けするのに使っていたものだ。変態という言葉は僕たちが1話の春日の様な存在に対して用いることもあり、仲村さんワードとは若干異なるものの、分かり易いものであった。しかしその対がなぜクソムシとなるのかはよく分からなかった。

 しかしこうして彼女の視点から見える周囲の人間をそう形容することに違和感は無かった。息を吐くようにクソ・ムシをまき散らす。それは周囲までもクソ・ムシまみれにさせ、さらには文字通り”五月蠅い”だ。


akul002.jpg

 教壇の下にいる仲村さんは浸食されそうであり、そしてそれを拒む。彼女は何に浸食されそうだったのか。それは「寂しさ」であったと僕は見る。周りにはクソムシしかいない。彼女の世界にいたのは彼女一人だ。クソムシから見た彼女こそ変態だったのである。

 寂しさの解消は他者との関係を持つこと。この場面で仲村さんからしたら馴れ合いと言ってもいいだろう。しかし馴れ合うことはつまりクソムシと同調すること、クソムシになることに他ならない。ゆえに彼女は拒んだ。

 こんなクソみたいな世界で生きていくには、寂しさを殺していくしかないのか。それとも自分がクソムシになるのか。クソみたいな選択肢への葛藤が彼女にはあったのかもしれない。


 しかしもう一つ選択肢はあったのだ。

akul003.jpg

 それは他に自分と同じ、変態と生きることだった。

 しかしやっと見つけた変態でさえもどこかへ行ってしまった。家に帰れば、家を出て見渡せばまた映るのはクソムシはびこるこの町だった。

 だれかわたしをころして - そんな悲痛な叫びが仲村さんにはあった。



 そこに通りかかったのが、変態の春日だった。

akul004.jpg

 世界に色が付いていく。負から正へ、絶望から希望への転移は色付けで描かれた。僕が最近見たアニメ作品(ef)でも同様の手法があり、必ずしも斬新というわけではないが、漫画で見るのは珍しいように思う。パッと考えたけど見当たらなかった。そもそも漫画は全編モノクロが当然で、それを逆手にとったこの手法は非常に面白い。仲村さんの世界に一つの光が射した瞬間であった。


akul005.jpg

何してんの?



 圧巻の最終話だった。最終話を1話の別視点で描くという仕様に気付いた時に僕は完全にしてやられ、見終えた時に面白さで倒れ込んだ。完璧な最終話だった、こんな感想が出てくる。異論など全く無い。

 この最終話では目に注視したい。序盤の仲村さんの眼光には正気が無い。しかし体操着を見て葛藤する春日の動向を追う彼女の目には好奇心、関心が伺える。そしてラストカットにおいて光が差し込んだ目であるのが分かる。台詞ゼロの56話と同様に、台詞が極端に少ない最終話では細かい描写が感情を発していた。押見先生の画力は凄まじい。

 春日にとって仲村さんとの出会いは絶望への始まりだった。勿論中盤まではだが。しかし最終話で描かれたのは仲村さんにとっての春日との出会い。これは希望への始まりだった。仲村さんが発してきた言葉の一つ一つに重みがあったのだな、と感じられる。漫画序盤のコメディタッチの画風も結果的にそれを助長させるものになった。



 青春の暴走、そしてその決着を描いた『惡の華』、まさしく傑作と呼ぶに値する作品だったのは間違いない。大人になったからこその面白さもあった。しかし彼らと同じ年齢の時に見ていたらどう感じていたのだろう。教室をクソムシの海にしたくなっていたかもしれない。今回の記事では最終話の感想まででとどめることにする。

 押見先生、作品に関わった全ての方々に、ねぎらいと感謝の意をささげたい。


追記

 惡の華11巻が発売された。


惡の華(11)<完> (少年マガジンコミックス)惡の華(11)<完> (少年マガジンコミックス)
(2014/06/09)
押見 修造

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 別マガの誌面上で付加されたカラーページだが、単行本ではモノクロ仕様であった。これは少し残念だった。パッと見てそれ以外の大きな修正は見つけられず。

 総括は後日書ければ、と思います。

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テーマ:漫画の感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2014/05/09(金) 22:18:29|
  2. 作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15
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コメント

はじめまして。いつもレビュー楽しく拝見させて頂いております。

今回の最終話、私的には惡の華連載中唯一と言っていいくらい非常にがっかりなもので、「最後の最後でやってしまった」とさえ思いました。
いつもはあまり感想が違わないやまさんの感想があまりにも真逆だったものですから、すごく意外で、なぜこんなにも意見が分かれるのだろうとずっと考えていたんですが、たぶん先月号までで惡の華という作品を描き切ったと感じている人と、まだ描き切っていないと感じている人とで、感想が分かれるのではないかと思いました。

私は後者で、春日に関しては先月号までの描写で納得できるのですが、仲村に関してはまだ一番重要な部分を描き切っていないと感じています。
春日は何だかんだいって結局普通の人・生活を送っていって良いと思いますし、先月号までの夢の描写で実際にそうなるとも解釈できます。
しかし、稀代の社会不適合者である仲村だけは春日とは違うだろうというのが、私の譲れないところでした。
だからこそ、仲村という人間がこの社会の中でどう生きていけるのか、生きていくのか、押見先生には逃げずに描いて欲しかった。

そう感じている私にとっては、この漫画を終わらせるのはちょっと1〜2巻早すぎると感じていて、全部は描き切れないとは思うけど、何とか最終話で7割くらい描いてくれたら良いなと思っていたので、先月号の続きどころか過去を描いただけの最終話は非常に残念でした。
先月号ですでに描き切っていると感じている人にとっては、この1話と繋がる最終話は良い感想を持ったのではないかな、と。

やはり私としては、仲村がその後どうなったのかを描いて欲しかった。
春日のように「あの頃は若かった」的な落とし所ではなく、春日が降りた変態というレールを仲村にだけは最後まで歩み抜いて欲しかった。
砂浜のシーンで、3年半の間仲村に何があったのか、あのときなぜ突き飛ばしたのか、敢えて描かないことで上手く処理したわけですが、仲村がその後この社会の中でどうなったのかは、絶対に描かなくてはならなかったことだと思っています。

なんか愚痴みたいですみません…。
熱く語っていますが、別に変な人ではございませんw。
漫画史上一番好きな作品だったので、誰かに聞いて欲しかったんですw。
  1. URL |
  2. 2014/05/12(月) 18:31:18 |
  3. Guttan05311981 #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>Guttan05311981さん

 コメントありがとうございます。拙い文だったと思いますが楽しんでいただいたようで嬉しいです。

 描き切ったと感じる人とそうでない人で感じ方が違うというのはおっしゃる通りだと思います。ただし僕は一つの意見として惡の華は描き切らない作品なんじゃないかと思っています。これはつまり”後は読者にお任せする”という形です。不適当な表現としては読者に丸投げです。言葉遊びかもしれませんが、描き切らないことで描き切る、これが垣間見える作品、それが惡の華の作風であると考えています。

 直近の例としては春日と白紙のノートだと思います。56話の引きを見るに、最終話は春日がどんな作品を描くかに焦点が当てられると感じました。白紙のノートに埋まるものは何か?、これは一種の「謎」です。しかし実際に描かれたのは、ご存じの通り、別視点での1話でした。僕はここに惡の華の”描き切らない作品性”を感じました。

 56話では春日の想像、理想のアフターストーリーが描かれました。よくあるのは後日談として描く締め方があるかと思います。後日談が描かれるのは「謎」に対する「正解」です。しかしそれは描かれることは無かった。あくまで描かれたのは春日の理想の将来として…。佐伯さんと木下の再会や仲村さんと父の和解、都会(物理的な山の向こう側)への進出…これは理想的ですね。春日がそう思ったのと同時に僕たち読者の理想にも近い形だったと思います。しかしこれを描かなかった、あくまで理想のままで終わらした。謎に対して正解を回答しなかった押見先生の意図が伺えます。

 作中で全てを説明してしまう作品は見やすい反面、スーッと心を通過してそれっきりなものです。一方で惡の華は考察しがいのある作品です。おっしゃられたように「なぜ仲村さんは春日を突き落したのか?」問題ですが、作中では明確な正解は描かれませんでした。しかし、これにはネット上で考察エントリーがいくつか見受けられます。そして僕も一つの正解は持っています。それが正解かは分かりませんし、今後分かることはほぼほぼないでしょう。感じ方は人それぞれなのは間違い無いことです。春日と常磐さんが付き合うことを略奪愛や乗り換え恋愛と感じる人もいると思いますし、僕のように2人の救いになったと思う人もいます。「この漫画を、今、思春期に苛まれているすべての少年少女、 かつて思春期に苛まれたすべてのかつての少年少女に捧げます。 」とあるように、春日を中心として人物の行動から、彼らの感情を汲み取ることに苛まらせる。これが押見先生の意図でないかと思います。

 勿論都合いい解釈でしょう。最終話の正当化とも見られる意見です。最終話に関しては押見先生がどうしても描きたかった箇所を描いたんだと単純に思います。「押見先生がこう描いたからこうであり、それを説得するものは作品にある。後は読者が惡の華を完結させる」僕はこう考えます。

 Guttan05311981さんの「誰かに聞いて欲しかった」というのはとても分かります。僕はこう考える、ということを表明したくて僕もブログを書いていましたので。そうさせてくれた惡の華は素晴らしい作品ですね。こうして毎月の楽しみを与えてくれる作品もそうそうないでしょう。
  1. URL |
  2. 2014/05/12(月) 22:03:00 |
  3. やま #-
  4. [ 編集 ]

Guttan05311981さんの感想は「誰かに聞いて欲しかった」ではなくファンレターとして作者に出すべきですね。

わざわざ『僕はつまんなかったー』なんて感想をネットで公開して、あの最終回を心地よく受け取った人の気持ちに水を差す意味はどこにもありませんから。

どうしてみんな直接伝える手段がある場合でも(ほとんどそれはできるにも関わらず)ネットで悪意をばら撒きたがるんでしょうね。

それは意見の表明、問題定義などではなく、単に自分の価値観から外れているのに評価されているものの存在が、自分を貶める気がする恐怖心からくる防衛手段のように僕には思えます。

要するに

「文句あるなら作者に直接言えよ」

ということです。
  1. URL |
  2. 2014/05/15(木) 01:02:24 |
  3. NoName #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>名無しさん

 コメントありがとうございます。

 それも一つの考え方でしょうね。Guttan05311981さんのコメントは僕には、素直な疑問に感じられましたし。

 それに付随して言いますと、先の僕のコメントもそうですが「人それぞれ」に帰結する考え方で、決して満足できる回答でもなかったとは思います。この帰結の仕方では考察をぶつけ合う意味も無いですね。あらためて記事にして最終回の捉え方について僕の考えを述べようと思っています。
  1. URL |
  2. 2014/05/15(木) 21:27:15 |
  3. やま #-
  4. [ 編集 ]

Guttan05311981さんが自分で本気を出してみればわかるよ
  1. URL |
  2. 2014/05/25(日) 03:24:24 |
  3. NoName #SFo5/nok
  4. [ 編集 ]

初めて書き込みます。
コミックス派だったので、最終回の雑誌掲載時の様子が分かって助かりました。
カラーになると、よりラストの仲村さんの感じた希望が分かりますね。(コミックスはもちろんモノクロなので)

この作品、まだ伸びしろは全然あったと思いましたが、多分、掲載誌を読む年齢層を考えると
これ以上を描いても仕方がないっていう判断だったのでしょうか。(連載をヤンマガでやっていれば・・・)
何にせよ、最終話がこういう構成なので、読後もう一度初めから読み直すと面白い漫画だと思いました。

今後も感想頑張ってください。
  1. URL |
  2. 2014/06/11(水) 13:24:08 |
  3. 通りすがり #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>通りすがりさん

 コメントありがとうございます。

 単行本は残念でしたね~。製作側の事情があるからでしょうが、惡の華だとモノクロにしたことに意味があるんじゃないかと、つい考えてしまいますw

 僕は最終回にとても満足していますが、確かにファンとしてアフターストーリーを見てみたい気持ちもあります。
  1. URL |
  2. 2014/06/11(水) 19:58:11 |
  3. やま #-
  4. [ 編集 ]

通りすがりですがGuttan05311981さんに概ね同意です。
Guttan05311981さんは別に批判してるわけじゃないし、更に言うなら悪の華は意見を交し合える楽しみもある作品だと考えています。だから上記の方の言う水の指す……というよりは、もっと暖かい意味合いかと。

僕ももう少し続くべきだったと考えますが中村さんが変態で~というのは無くてもよかったので落としどころ的には充分です。
ただ強いて言えば、中村さんもこの作品の主人公であったので、最終回の中村さん視点をもう少しだけ描いてくれればなと感じました。唐突すぎて消化不良とでも言えばいいのか。
あとは、最終巻は今までの巻と違い独特です。その独特さは悪の華らしさがあるように思えますが、僕には別物に感じました。

これまでの悪の華は主人公のオナニーです。徹頭徹尾オナニーです。それこそドロドロのグチャグチャで、僕はそれが大好きでした。
けれど最終巻を読んで思ったのは、これは作者のオナニーだな、と。最後の最後にそう感じさせられてしまったことについては残念で仕方ありません。

というのが僕の意見です。
期待しすぎてしまったのかもしれませんが。
お目汚し失礼いたします。
  1. URL |
  2. 2014/07/01(火) 14:58:11 |
  3. NoName #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>名無しさん

コメントありがとうございます。迷惑コメントに分類されているのに気付かず、承認が遅れました。失礼いたしました。

僕も同じ様に考えています。作者のオ/ナニー(スパム回避)という表現も頷けます。

ただし納得できるかどうかは人それぞれ…というか消化不良な人の方が多いようですね。僕もまた感想で書ければと思っています。
  1. URL |
  2. 2014/08/16(土) 06:28:06 |
  3. やま #-
  4. [ 編集 ]

思春期に苛められた少年少女達に捧げる。今、またはかつての少年少女達。
私は、これに尽きると思いました。
読者に委ねられるのはそれぞれの答え、結末をリアルに考えることにあると感じます。

では、リアルにいえば、彼らに皆の思うような、あるいは願うような ハッピーエンドはありえないです。

あの物書き春日も都会の中村も帰郷の佐伯も簡単に思春期を超える(卒業)ことはできないもので、
むしろ、それを生きる決意さえ感じました。
  1. URL |
  2. 2014/10/13(月) 19:04:18 |
  3. NoName #-
  4. [ 編集 ]

今更ながら惡の華を読む

面白い作品でした。高男の壊れて行く心を優雅に描写しており毎巻ワクワクして読んでいました。
変態仲村と変態(仮)高男の世界は美しく狂っており、私のひん曲がった心はドスッとナイフを突き刺された様な感じです。久しぶりに面白いと思える作品に出会えました。

しかし、34話以降、最終話までは高男がただの人間となってしまってからはつまらなくなりました。ありきたりな完結で読者まかせのしめ、ハッピーエンドと期待していた展開にならず、また後半は作者の残念です。

と私のひん曲がった感想です。
批判ばかり書いていますが惡の華は私の中ではかなりの良作です。
特に、一人間として普通な高男の心理と、どが付く変態な仲村の心理や、変態に魅力されていく高男の描写。人間として生きていく事を決めた高男等、心理描写がとても巧く描かれていたところに魅力を、感じました。


最終話では仲村視点の話を入れることで、最終辺りでガッカリした人への救済を入れたのも自分的にはgoodです。
この話があるから仲村の今後に安心出来ました。個人的には描いて頂きたかったですが…。
  1. URL |
  2. 2015/04/25(土) 02:48:22 |
  3. やぷー #-
  4. [ 編集 ]

私も、今更ながら惡の華を読む

何度か「惡の華」キーワードを検索して、ネット上の感想やら見てます。
見終わった後も、ふと、また検索してみていると、よくこのページが出てきます。
なぜかこのページも何度か見てしまい、お世話になっているページなっています。ありがとうございます。

終わった後も考えている作品はなかなかないです。
押見さんは「さくらの唄」に影響されたとのことで、「さくらの唄」も読んでみました。
「さくらの唄」は確かにすごい作品でした。けど終わったら頭の中からは消えました。
なんというか、理想とは違う、どうにもならない現実をテーマにしているわりには、結末は真逆でした。
作者の思い一つでスーパーマンにでもなんでもなれる、どこにでもあるハッピーエンドでした。

惡の華は違いました。
とにかく、ふとしたときに考えている作品です。


  1. URL |
  2. 2016/06/26(日) 23:00:17 |
  3. tkc #SFo5/nok
  4. [ 編集 ]

Re: 私も、今更ながら惡の華を読む

コメントありがとうございます。私の書いたものが何かのタメになったのであれば嬉しい気持ちにはなります。

惡の華の総括記事を書こう書こうと思いつつ筆は全く走らず今に至ります。一言で表すにはあまりに難しいですし、長文を書こうにもまとまりの無い文になってしまいます。おっしゃる様にふとした時に気になり、それは今後も続くであろう、そんな不思議な作品です。
  1. URL |
  2. 2016/07/03(日) 02:30:15 |
  3. やま #-
  4. [ 編集 ]

今更ながらその3

最終巻の最終話、仲村さんの視点で描かれていました。
手塚治虫の火の鳥で、脳手術を受けた主人公の話を思い出しました。
仲村さんにとって、あの化物(に見える)だらけの世界、そして自分も侵食されていく
そんな世界は絶望でしか無かったのではないでしょうか。
そこに現れた変態で人間らしいともいえる春日くん。
彼が現れた瞬間に世界が開けた様な描写がありました
仲村さんは春日くんに希望を見て、春日くんもまた仲村さんに希望を見た
ただ、春日くんは変態と普通の狭間で揺れ動く

最終巻で春日くんに対して仲村さんが言った「ふつうにんげん」
それは仲村さんにとって祭りの時点で既にそうだったのではないでしょうか
  1. URL |
  2. 2016/07/15(金) 13:56:05 |
  3. にくばえ #-
  4. [ 編集 ]

Re: 今更ながらその3

>にくばえさん

 コメントありがとうございます。仲村さん視点での希望の色付けは印象的な描き方でしたね。

 おっしゃる通りだと私も考えています。春日を落とした理由にも繋がりますが、仲村さんは変態として死にたいという想いの中で、言葉は悪いですが春日が不要であるという気持ち、そして春日への一種の気遣い・優しさ(春日はクソムシとして幸せな人生を運べる等)があったからだと思います。簡単に置き換えるものではないでしょうが、クソムシという表現は「リア充爆発しろ」の様なニュアンスでしょうから、そういう存在を疎む感情の根底には妬みがあります。そして妬むということはそれが優れている、自分が劣っているということに他なりません。春日は自分側ではない、仲村さん視点で春日を見るとそんな瞬間が多々見受けられたのでしょう。

  1. URL |
  2. 2016/08/06(土) 06:46:07 |
  3. やま #-
  4. [ 編集 ]

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